友人からの贈り物で始まった「七夕」支度、これを機に幸せを感じてくれる人が一人でも増えてほしいと願う私

旅先から届いた友人からの贈り物。どうやら久々の休みが取れて四国を満喫しているようです。
自宅に届いたのは愛媛県の名物である「五色そうめん」でした。
いつもいただいている白一色のそうめんも美味しいのですが、あのなんとも言えない色合いが心を躍らせ、子供の頃などはお膳に出てくると家族みんなで「赤は私、黄色は僕」などと言っては取り合いになったものです。
きっと日本に伝わる風習などに詳しい友人が、「そろそろ七夕だし、その日にそうめんを食べると芸事(機織)の上達につながり、小麦は毒を消すといった言い伝えがあることから健康を祈願できたはず」といったことを思いだし、我が家に「五色そうめん」を届けてくれたのでしょう。
またせっかくだから「七夕」の晩に華やかさが添えられるようにと、彩り豊かな「五色そうめん」を選んでくれた心遣いも感じられます。

このあたたかな気持ちを大切にするためにも、子供も大きくなり久しく「七夕」の行事をきちんとしていなかった我が家でも、今年は昔を思い出しながら7月7日を過ごしてみることにしました。
笹は近所に住む知り合いの農家さんからいただくこととして、お料理は、友人からの贈り物「五色そうめん」がメインになるよう献立を作ろうかと思います。
願いを込める短冊と笹を飾るための折り紙も準備しなくてはなりません。
まずは近くの文房具店に向かい、いったい何年前に買ったのかさえ覚えていない折り紙を買い、知り合いの農家さんのところへ行き笹を分けていただくことを約束。
自宅へ戻ってからは、友人からの贈り物「五色そうめん」がメインとなる「七夕」の晩を色取る献立作りに取り掛かりました。

一品目の「五色そうめん」は天の川に見立てて平たいガラスの器に盛り、そうめんの上には抹茶で色づけされたそうめんよりも濃い色合いのおくらを輪切りにして星のように飾ります。
そうめんを沢山いただくために普段より薬味も数種類増やし、ネギや青じそ、すりごまや海苔だけでなく薄めにスライスし甘辛く煮た干し椎茸や錦糸卵、細切りきゅうりなど準備していろんな組み合わせを楽しみながらいただきます。

「五色そうめん」は機織が上手だった織姫をイメージしていますが、そのお相手の彦星メニューは何にしようかと考えましたが、牛飼いだったことからシンプルな考えで牛肉を使った一口ハンバーグに決定。
いつもは豚肉を混ぜてお手頃にすませるところを奮発して牛肉100%で作ります。
このハンバーグの上にも「七夕」を意識して、星型にくりぬいたニンジンをのせたもの、ズッキーニをのせたもの、意外と食感が面白くなる長いもをのせたものをを用意し彩り鮮やかになるよう工夫しました。

三品目のサラダですが、正直沢山作ってただ器に盛りたかったのですが、ここまできたら全てにこだわりたくなるのが私の性格です。
最近あまり登場してなかったゼリーカップに頼り、そこに野菜たっぷりのポテトサラダをつめ、上に
はやはり「七夕」の意識を忘れず星型でぬいたハムとチーズが飾り付けられます。
ここで考えに力尽きたのか、「最近では七夕のケーキも売っているから、デザートだけは手作りしないで近所のケーキ屋さんにゆだねよう」と決めて、やっと献立の完成です。

「七夕」の献立が決まり落ち着いた私は、我が家に温かい気遣いをしてくれた友人と、笹を分けていただく近所の農家さんに贈る星型クッキーを焼きながら短冊に願いを込め筆を走らせていました。
願いは数多くありますが、やはり家族と友人、そして近しい人々が幸せになることが一番です。
また悲しいニュースが少なくない現代において、一人でも多くの方が幸せになってくれることも願っています。
笹を分けていただく農家さんからも電話が入り、分けていただくだけでも有難いのに「飾り付けをする6日の昼までには届けるよ」と温かい言葉をかけてもらいました。
家族の分の短冊を準備したら、後は数日後の「七夕」の晩を待つばかりです。
当日懐かしく昔過ごした「七夕」の夜を思い出しながら、友人が贈ってくれた「五色そうめん」と私が準備した「七夕」メニューに舌鼓をうち、家族がこの晩を「しあわせだなあ」と感じてくれることを願っています。すっぽん小町 公式

生まれ持った性格を変えるには無理があると思う今日この頃

8歳小学2年生の長男。小さい頃から真面目気質があって、他人から見ればいつもいい子君。小学校に上がるまでは特にトラブルもなくのんびりと過ごしていた日々が、小学校に入ってからなんだか雲行きが段々と怪しくなり始め、1番始めに嵐が起きたのは、登校時間は8時10分に席に着いていれば大丈夫。小学校は歩いてものの5分。8時に出ても大丈夫なのに、真面目君は7時30分に家を出て校門が開くのを待っているらしく、母としては早く出てくれるのはとても助かる。と思っていたある日、テレビに釘付けになってしまい時計は7時35分。気づいた時のあの絶望的な顔をしている息子を見たのは始めてで、いやいやまだ全然余裕で間に合うし、なんて言ったが最後。もう駄目だ?間に合わない行けない。と大発狂しながら大泣き。
母はただただ唖然。何が彼の中で起きたのか分からず、落ち着くまで待とうとしたが、全然落ち着かないし、あれよあれよと時間が過ぎ7時55分もう彼の中で学校に行くと言う選択肢は無くなり、仕方なしに学校に理由もしっかり伝えて連絡をする始末。遅刻でもいいんで、来れそうなら来てください。と、お言葉をいただき息子の様子を見るが、もう行く気なんてさらさらない。遅刻してまで行くなんて事が出来ないらしく1日休むことに。そんな翌日はケロッと何も無かったように普通に学校に登校。
似たパターンが数回あり、先生に相談したら、学校では何ら問題なく優等生的な話が。成長していけば変わりますよ。あんな事もあったな?って笑い話になるからお母さん今はゆっくり見守ってと。ベテラン先生に託し、見守る母に徹する事に。登校ギリギリに走って行く子、遅刻しても全然平気な子、我が子みたく早く学校に行く子。様々な子がいてみんなそれぞれ性格が違う。変えるんではなく、自分で変わっていくことを信じて育児に励もうと思う日々。